普通に戻ろうとしていた頃の話。
壊れたあと、僕は普通に戻ろうとした。
それは当たり前のことだと思っていた。壊れたなら、直す。直ったら、元に戻る。そういうものだと信じていた。
躁状態だったのだと思う。
ある日突然、深夜の仕事に応募していた。自分でもよくわからないうちに、採用が決まっていた。夜11時から朝8時まで、ひたすら体を動かす仕事だった。人生で初めての肉体労働だった。
体重が激減した。動いた分だけ、体が変わっていくのがわかった。「これなら普通に戻れるかもしれない」と思っていた。
しかしある時期から、眠れなくなった。
深夜に働いて、昼間も眠れない。休息なしで連日、体を動かし続けた。そしてある日、仕事中に体が動かなくなった。
また動かなくなった。職場に迷惑をかけた。半年で退職した。
医者には怒られた。「深夜に肉体労働するなどと聞いていない」と。
その瞬間の気持ちを、今でも覚えている。
また、ダメだった。
だけどどうしても、これ以上頑張れない。
この二つが同時にあった。自分を責める声と、もう限界だという白旗が、同じ瞬間に存在していた。どちらも本当のことだった。
普通に戻ることをやめたのは、そのあとだった。
発達障害の診断が降りたときだ。
「普通じゃなかった」のは、自分のせいでもなく、努力が足りなかったわけでもなかった。構造の問題だった。それがわかった瞬間、20年近く続けてきた「普通に戻るための努力」が、そもそも方向を間違えていたと気づいた。
努力が足りなかったのではない。努力の向きが、ずっとずれていたのだ。
普通に戻ろうとしていた頃、僕はいつも絶望していた。
頑張るたびに壊れた。壊れるたびに、また頑張った。その繰り返しの中で、「自分はどうしようもない人間だ」という確信だけが積み上がっていった。
しかし今はわかる。
壊れていたのは、僕ではなかった。普通に戻ろうとする、その方向そのものが間違っていたのだ。
あなたにも、そういうことがあるかもしれない。
頑張っているのに、うまくいかない。また失敗した、また壊れた、また迷惑をかけた。そう思い続けている人がいるかもしれない。
一つだけ聞いてほしい。
その努力の方向は、本当に合っているか。
「普通」という目標は、誰が決めたのか。
あなたが決めたのか。それとも、誰かに決められたのか。
僕は20年近く、誰かに決められた「普通」を目指して、壊れ続けた。
壊れることをやめたのは、諦めたからではない。方向を変えたからだ。



「努力の向きが、ずっとずれていたんだ」というところが読んで少し固まりました。頑張れていないのか向きが違うのかって、やっている最中は本当に区別できない。外から「発達障害の診断」という答えが来て初めてわかって、それが20年後だったというのが、なんとも言えない気持ちになりました。
ゴリアスさんノミネートおめでとうございます🎉
ぺんぎんさんとこの記事でゴリアスさんだけサムネでてズルい〜。