続けているから意味があるのか、意味があるから続けられるのか
"Does Continuing Create Meaning, or Does Meaning Keep You Going?"
【問の提示】意味は、続ける前にあるのか。それとも、続けた跡に残るものなのか
「なぜ続けているのか」と問われたとき、すぐに答えられる人はどれだけいるだろうか。
仕事、勉強、創作、人間関係。続けていることには理由があるはずだと思いながら、いざ言葉にしようとすると、うまく出てこない。「好きだから」「大切だから」「やめるにやめられないから」。そのどれもが正解のような、どれも核心を外しているような、そんな感覚が残る。
一方で、「意味があるから続けられる」と確信して動いている人もいる。明確な目的、はっきりとした理由、揺るぎないビジョン。それがあってこそ、困難に直面しても続けられるのだと言う。意味が先にあるから、行動が続くのだと。
この二つの立場は、一見すると真逆に見える。しかし実際には、続けることと意味は、どちらが先に存在するのかが判然としないまま、互いに絡み合いながら動いていることが多い。
意味があるから続けるのか。続けるから意味が生まれるのか。
この問いは、私たちが何かに向かって歩き続けるとき、その足元に常に潜んでいる問いだ。答えを急ぐ必要はない。ただ、この問いを持ったまま、先を読み進めてほしい。
【二項の考察】意味があるから続けられるのか、続けるから意味が生まれるのか
「意味があるから続けられる」という立場は、目的志向の発想と重なる。目標が明確な人は、困難に直面しても諦めにくい。なぜなら、その困難が何のためにあるのかを知っているからだ。受験勉強を続けられる人には「合格」という意味がある。過酷なトレーニングを続けるアスリートには「勝利」という意味がある。意味という北極星があってこそ、人は方向を見失わずに歩き続けられるという考え方だ。
心理学的にも、この立場を支持する概念がある。オーストリアの精神科医ヴィクトール・フランクルは、強制収容所での体験をもとに「人間は意味を求める存在である」と説いた。著書『夜と霧』の中で、極限状態においても生き延びた人々は、何らかの意味や目的を持ち続けていたと記している。意味の喪失が、生きる力の喪失に直結するという観察だ。この視点に立てば、意味は続けるための燃料であり、それなしには人は動き続けられないということになる。
しかし一方で、「続けるから意味が生まれる」という立場も、同じくらい強い説得力を持っている。
何かを始めるとき、その意味が最初から完全に見えていることは少ない。むしろ、続けていくうちに、後から意味が姿を現してくることの方が多いのではないか。子育てをしている人が「なぜ子育てに意味があるのか」を最初から説明できるわけではない。書き続けた人が、ある日届いた一通のメッセージで「ああ、これのためだったのか」と気づく。走り続けた人が、ゴールに辿り着いたとき初めて、あの苦しかった時間の意味を知る。
哲学者のウィリアム・ジェームズをはじめとするプラグマティズムの思想は、意味や真理は行動と実践の中から生まれるものだと捉える。意味は実体として先に存在するのではなく、経験を通じて事後的に構成されるという見方だ。この立場では、続けることそのものが意味を生産する行為となる。
二つの立場を並べると、前者は「意味→行動」という順序であり、後者は「行動→意味」という逆の順序になる。しかしこの二項は、本当に対立しているのだろうか。意味があるから続けられた人が、続けることでさらに深い意味を発見することもある。続けているうちに意味を見つけた人が、その意味を握りしめてさらに続けることもある。むしろ、意味と継続は互いを育て合う循環の中にあるのかもしれない。
【本質について】人はなぜ、意味の見えないものを続けることができるのか
意味と継続の関係を深く掘り下げると、「そもそも人間はなぜ意味を必要とするのか」という根源的な問いに行き着く。
フランクルの「意味への意志(will to meaning)」は、人間の根本的な動機として意味の追求を位置づける。しかし注目すべきは、フランクル自身が「意味は与えられるものではなく、見出すものだ」と言っていることだ。意味は降ってくるのではなく、自分の経験と向き合うことで発見される。この指摘は、「続けること」の中に意味発見の契機があることを示唆している。
また、実存主義哲学においても、この問いは重要な位置を占める。ジャン=ポール・サルトルは「実存は本質に先立つ」と述べた。人間はあらかじめ決まった本質や意味を持って生まれてくるのではなく、まず存在し、その後の行動によって自らの本質を作り上げていくという考え方だ。この文脈に置けば、「続ける」という行為そのものが、その人の意味を形づくる営みだということになる。
一方、神経科学の観点からは、継続的な行動が脳に与える影響も見逃せない。人間の脳は、繰り返しの行動によってパターンを強化していく。習慣化された行動は、意識的な「なぜ」を必要としなくなる段階に達する。つまり、続けることが一定の閾値を超えると、意味の有無とは別の次元で「続けられる状態」が生まれてくる可能性がある。
ここで浮かび上がる本質は、「意味と継続は因果の関係ではなく、共進化の関係にある」ということではないか。意味が先にあって継続が生まれることもあれば、継続が先にあって意味が育つこともある。どちらが原因でどちらが結果かという問いより、この二つがどのように互いを育て合うかという視点の方が、実際の人間の経験に近い。
そしてもう一つ、見落とせない問いがある。「意味がわからなくても続けられる人と、続けられない人の差は何か」という問いだ。そこには、意味以外の何かが関わっている。習慣かもしれない。仲間かもしれない。あるいは、ただの意地かもしれない。意味がなくても続けさせる力の正体を問うことは、意味そのものを問うことと同じくらい、人間の営みの核心に近い問いだ。
【私見】「やめなかっただけ」が、10年でたどり着いた唯一の真実だった
僕はYouTubeを10年以上続けてきた。
10のチャンネルを作り、10回自分の手で潰した。「このジャンルじゃない」「もっとうまいやり方がある」「視聴者が求めているのはこれじゃない」。言い訳は毎回違ったが、結局は自分でチャンネルを閉じることを繰り返した。10年間で2000本の動画をアップした。周りを見渡すと、一緒に始めた仲間は誰もいなくなっていた。
意味なんて、わからなかった。
最初の数年、動画を出しても誰にも見られなかった。コメントもつかない。再生数は2桁。「なぜこれを続けているのか」という問いに、答えを持っていなかった。好きだからというほど好きでもなかった。使命感があったわけでもない。ただ、やめる理由もなかった。
それだけだった。
双極性障害の鬱期には、何もできない日が続く。動画を作れない週も、月も、ある。それでも完全にはやめなかった。「意味があるから続ける」という気持ちは一切なかった。あるのはただ、「まだやめていない」という事実だけだった。
転機は意味から来なかった。気づいたら続いていた、というのが正確な表現だ。5年目に一つのチャンネルが急激に伸び始めた。視聴者から「あなたの動画で救われた」というメッセージが届き始めた。そのとき初めて、「ああ、これのためだったのかもしれない」という感覚が来た。しかしそれは、意味があったから続けられたのではなく、続けていたから意味が見えたのだった。
今、振り返って思う。
意味があるから続けられた、という人の話を聞くと、少し羨ましくなる。明確なビジョンを持ち、その灯りに向かって歩ける人は、確かに強い。しかし、意味が見えなくても続けられる人間がいる。それは弱さではない。意味の有無に関係なく動き続けられる、別種の強さだ。
裏技を見つけたわけじゃない。アルゴリズムの抜け穴を使ったわけでもない。やめなかっただけ。
この言葉を、できるだけ真剣に受け取ってほしいと思っている。意味を先に持てる人はそれで進めばいい。意味が見えなくても、今日もやめなかったという事実だけを持って続けていける人も、それでいい。どちらも、正しい続け方だと思っている。
意味は、続けた後にわかることがある。続けている最中には、見えないことがある。それでも、今日やめなかった。その一日が積み重なった先に、やがて言葉になる何かが待っているかもしれない。
【あなたの番】あなたが続けていることの意味を、最初から知っていただろうか
あなたが今、続けていることを一つ思い浮かべてほしい。
それを始めたとき、意味は見えていただろうか。「これをやり続けることに意味がある」という確信を持って、最初の一歩を踏み出しただろうか。それとも、気がついたら続いていた、というものだろうか。
あるいは逆に、かつては意味を感じていたのに、今はその感覚が薄れてしまったものがあるかもしれない。意味が見えなくなったから続けられなくなった、という経験を持つ人も少なくないはずだ。
この問いは、「続けるべきか、やめるべきか」という判断の話ではない。意味と継続の間にある、複雑で繊細な関係について、自分の経験を通じて考えてみるための問いだ。
意味が先にあって続けているのか。続けているうちに意味が育っているのか。あるいは、意味などなくても続けられる何かが自分の中にあるのか。
その答えは、あなたの中にしかない。
一つだけ、問いを手渡す。
あなたが今続けていることは、意味があるから続いているのか。それとも、続いているから意味が生まれつつあるのか。
一言コメントお願いします


ご自身の体験を
隠さず書かれた言葉に
深く引き込まれました
問いが胸に残ります
また読ませてください!
やってみて初めてわかることも本当に多いし
それによって目標(目安?)を立てることができて
自分の位置がわかることもありますね