音楽を作れなくなったことがある。
スランプとか、忙しかったとか、そういう話ではない。
嫉妬だった。
猛烈な嫉妬。
そのころ僕は、すでに150曲ほど作っていた。
上手いか下手かは別として、それなりの数を作ってきた。
一曲作ることがどれくらい大変なのかも知っている。
思ったような曲にならないこともある。
何時間かけても、全部ボツにすることもある。
そういうことを何度も繰り返して、150曲くらいまで来ていた。
そんなとき、ある人の曲を聴いた。
その人が作った、一曲目だった。
打ちのめされた。
「すごいな」
なんて、素直には思えなかった。
悔しかった。
なんで一曲目で、こんなものが作れるんだ。
こっちは何曲作ってきたと思ってるんだ。
そんなことを思った。
情けないけど、本当にそう思った。
涙まで出た。
その人が悪いわけじゃない。
僕から何かを奪ったわけでもない。
いい曲を作った。
ただそれだけだ。
それなのに僕は、勝手に傷ついていた。
積み重ねてきた150曲を、一曲で否定されたような気がした。
もちろん、そんなことは誰も言っていない。
自分で勝手に比べて、
自分で勝手に負けて、
自分で勝手に落ち込んでいた。
それから、音楽を作れなくなった。
DAWを開いても、手が動かない。
何か作ろうとすると、あの曲を思い出す。
「どうせ自分には、あんな曲は作れない」
そんな言葉が頭に浮かんだ。
約10日間、作れなかった。
嫉妬という感情は、あまり人に見せたくない。
「悔しいです」
くらいなら、まだ格好がつく。
でも本当の嫉妬は、もっと醜い。
相手の才能を認めたくない。
自分の方が頑張ってきたのに、と思う。
なんであの人なんだ、と思う。
できれば相手の作品なんて見たくない。
そんな自分を見つけると、さらに嫌になる。
僕もそうだった。
だから最初は、
この嫉妬をなくさないといけないと思っていた。
人と比べるのをやめよう。
自分は自分だと思おう。
そうやって、きれいに片づけようとした。
でも、うまくいかなかった。
嫉妬は消えなかった。
しばらくして、少しだけ違う見方をするようになった。
どうして僕は、こんなに悔しかったんだろう。
どうして涙が出るほど苦しかったんだろう。
もし音楽なんてどうでもよかったら、
ここまで嫉妬しただろうか。
たぶん、しなかった。
僕はまだ、
いい曲を作りたかった。
人の心を動かす曲を作りたかった。
自分にも、そんな曲が作れる人間でありたかった。
だから苦しかった。
嫉妬の中には、
僕がずっと隠していた願いがあった。
「僕も、あんな曲を作りたい」
それだけだった。
そう思ったからといって、
急に嫉妬がなくなったわけじゃない。
相手を心から祝福できる立派な人間になったわけでもない。
今でも、人の作品を見て悔しくなることはある。
自分には才能がないんじゃないかと思うこともある。
でも、
嫉妬した自分を、以前ほど嫌わなくなった。
それだけ欲しかったんだな、と思う。
それだけ好きだったんだな、と思う。
約10日後、
僕はまた曲を作り始めた。
何かを克服したからではない。
負けを認めて吹っ切れたからでもない。
やっぱり作りたかったからだ。
嫉妬して、
拗ねて、
泣いて、
作れなくなって。
それでも最後には、
また音楽のところへ戻ってきた。
人には見せたくない感情の中に、
自分でも気づいていなかった本音が隠れていることがある。
嫉妬も、そのひとつなのかもしれない。
もし誰かを見て、どうしようもなく悔しくなったとき。
そんな自分を、すぐに醜いと切り捨てなくてもいい。
その悔しさの奥に、
自分が本当は何を望んでいるのか。
少しだけ見てみてもいいと思う。
僕の場合は、
そこに音楽があった。
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