比べることは、自分を知る道か、自分を見失う道か
"Is comparison a path to knowing yourself, or a path to losing yourself?"
【問の提示】比べてしまう、その瞬間に何が起きているのか
誰かと比べてしまう瞬間がある。
気づいたら、隣の人間を見ている。同い年の人間が先に進んでいた。自分が育てた人間が、自分を追い越していた。何も悪いことは起きていないのに、胸の中に何かが残る。
その「何か」の正体が、比べるという行為の核心にある。
だから「人と比べてはいけない」と言われる。あなたはあなたのペースでいい、他人と自分は違う。その言葉は優しい。しかし、やめられない。やめようとしてもやめられないのは、弱さではない。比べることが、人間の自己認識の根っこにあるからだ。
鏡がなければ自分の顔は見えない。比較対象がなければ、自分がどこにいるかがわからない。人は比べることで、自分の輪郭をつかもうとしてきた。
では、問いを立てよう。
比べることは、自分を知る道なのか。それとも、自分を見失う道なのか。
「比べるな」と言う人と、「比べることで成長できる」と言う人が、同時に正しそうに見える。なぜ両者は食い違うのか。同じ「比べる」という行為が、なぜ人を育てることもあれば、人を壊すこともあるのか。その構造を問うことが、この章の目的だ。
【二項の考察】比べることは自分を知るためか、自分を失うためか
まず「比べることは自分を知る道だ」という立場から考える。
人は他者という鏡を通して、はじめて自分を見る。心理学者レオン・フェスティンガーが1954年に提唱した「社会的比較理論」によれば、人は自分の意見や能力を評価するとき、客観的な基準がない場合に他者との比較によって判断する。これは認知の基本的な仕組みであり、比べることは人が自己を把握するための、本源的な行為だという見方だ。
比べることで、差分が見える。あの人にはできることが自分にはできない。逆に、自分が難なくできることが、他の人には難しいこともある。その差分が、自分という存在のかたちを浮かび上がらせる。目指す方向も、比較があってはじめて具体的になる。
哲学者のヘーゲルは、自己意識は他者との関係の中でしか生まれないと論じた。「他者の承認によって自己が形成される」という考え方は、比べることを自己形成の不可欠な過程として位置づける。比べることをやめることは、自己認識をやめることに近いという見方もできる。
一方で「比べることは自分を見失う道だ」という立場も、同じくらい説得力がある。
比べることで、人は他者の基準に引きずられる。あの人が持っているものを自分も持たなければならない。あの人がたどった道を自分もたどらなければならない。気づけば、自分が本当に望んでいるものではなく、他者が持っているものを欲しがっている。比べることが、欲望の方向を外側に向けてしまう。
心理学では、他者との「上向き比較」が自己評価の低下を招き、不安や抑うつと結びつくことが多く報告されている。SNSが登場してから、この上向き比較の機会は爆発的に増えた。人は他者のハイライトと自分の日常を比べ続け、自分が常に不足しているという感覚の中で生きるようになった。
哲学者のキルケゴールは、著書『死に至る病』の中で「絶望とは自分自身であろうとしないことだ」と述べた。比べることによって自分以外の誰かになろうとするとき、人は自分自身から遠ざかる。比べることが自己喪失の入り口になる、という見方だ。
この二項が照らし出すのは、「比べる」という行為が、何を目的にしているかによって、まったく異なる作用をするということだ。どちらも正しい。どちらも経験としてある。問いは「比べるか、比べないか」ではなく、「どの軸で比べているか」に移っていく。
【本質について】「比べる」という行為の中に潜む、二種類の軸
ここで問いを一段深める。「比べること」の中に、実は二種類の軸が混在している。
一つは、勝ち負けの軸だ。あの人より自分は上か、下か。評価されているか、されていないか。この軸で比べるとき、結果は常に「負け」になりやすい。上を見れば必ず誰かがいるからだ。勝ち負けの軸で比べ続けることは、終わりのない消耗戦だ。勝っても次の相手が現れ、負ければ自分を傷つける。比べることが「自分を見失う道」になるとき、その多くはこの軸が原因だ。
もう一つは、リファレンスの軸だ。あの人の何が、自分に足りないのか。あの表現の、どこが鋭いのか。あの判断の、何が自分と違うのか。この軸で比べるとき、差分は傷ではなく素材になる。他者を鑑賞するように見て、自分の地図を更新していく行為だ。比べることが「自分を知る道」になるとき、その多くはこの軸が働いている。
「比べるな」と言うとき、指しているのはほとんどの場合、前者の「勝ち負けの軸」だ。しかし同時に、後者の「リファレンスの軸」まで一緒に禁止してしまうと、人は自分の位置を見失う。問いの答えは、どちらの軸を使っているかによって変わる。
比較そのものに罪はない。問題は、何の軸で比べているかだ。
もう一つ見落とされがちな問いがある。軸は変えられるのか、ということだ。勝ち負けの軸で比べている人間が、リファレンスの軸に切り替えることは、意志の力でできるのか。それとも、何かが変わらなければできないのか。多くの場合、軸が変わるのは「限界まで疲弊したとき」だ。惨めさが、軸を変える動機になる。これは弱さではなく、疲弊が人間の認識を組み替える力を持っているということかもしれない。
【私見】「面白くなかった」という感情と、写経という習慣
記者をしていた頃、僕は二種類の「比べ方」を同時にやっていた。
一つ目は、職場の中での比べ方だ。自分がかつて食事をおごり、相談に乗り、アドバイスをしてきた後輩がいた。その後輩がメキメキと評価されていき、昇進し、気づけば直属ではないが上司の立場になっていた。仕事そのものをつまらないと感じたことはあまりなかったが、その後輩の存在が、職場の人間関係をつまらない世界に見せた。
面白くなかった。それが本音だった。今も、あの感情を粉飾する気はない。
しかしもう一つの「比べ方」を、僕は毎日やっていた。
日本中の新聞社の一面コラムを集めて読むことだ。「天声人語」に相当するコラムは、大きな事件や話題があるとき、各社がほぼ同じテーマを取り上げる。しかし、切り口は全部違う。その違いの中に、担当者の気迫を感じた。時には写経した。一字一句、手で書き写した。「いつか自分もこれを書く」という意識が、比べるという行為を自分を引き上げる行為に変えていた。
同じ「比べる」でも、二つはまるで別の行為だった。
後輩との比較は、勝ち負けの軸だった。上か下か、評価されているかいないか。その軸で比べ続けた結果は、僕を地べたに這いつくばらせた。上を目指して比べているからこそ、結果は「負け」しかない。この「負けのための比較」が、自分を疲弊させていった。
コラムとの比較は、リファレンスの軸だった。どこが鋭いか、どう書けばああなるか。その差分が素材になることで、比べることは楽しい行為になっていた。
ある時、気づいた。比較の軸を勝ち負けにしてはいけない、と。負けるための比較があまりにも惨めだった、という感覚が、軸を変える動機になった。
比べるなら、いかに真似ができるか。真似ができないなら、いかに近づけるか。この軸に変わってから、強大なライバルを見つけることが怖くなくなった。むしろ、楽しいと感じるようになった。
比べることをやめたのではなかった。比べる軸が、変わった。
【あなたの番】あなたは今、どちらの軸で比べているか
ここまで読んで、あなた自身の「比べ方」を少し振り返ってほしい。
最近、誰かと比べて揺れたことがあるなら、一つだけ問いかけてみてほしい。「自分は今、どちらの軸で比べているか」と。
勝ち負けの軸で比べているとき、差分は傷になる。リファレンスの軸で比べているとき、差分は素材になる。同じ比較が、どちらにもなりうる。それを決めるのは、どの軸を選ぶかだ。
軸を変えるのは、意志だけでは難しいかもしれない。多くの場合、「あまりにも惨めだった」という疲弊が、軸を変える最初の動力になる。だとすれば、今あなたが感じている消耗は、軸が変わるための前夜かもしれない。
比べることをやめることは、たぶん難しい。それは人間の構造に近いから。ただ、どの軸で比べるかは、選べる。
一つだけ、問いを手渡す。
あなたが今「負けた」と感じているなら、その比べ方の軸は何か。勝ち負けの軸を手放して、リファレンスの軸に変えたとき、その相手はどんな素材になるか。
比べることは、自分を知る道にも、自分を見失う道にもなる。その分岐点は、比べるかどうかではなく、どの軸で比べているかにある。そしてその軸は、疲弊の底で、静かに変わることがある。
あなたが誰かを見て「面白くない」と感じた瞬間があるなら、その感情は本物だ。粉飾しなくていい。ただ、その感情に乗ったまま比べ続けることと、軸を変えて別の比べ方を選ぶことは、別の話だ。
「面白くない」という感情を出発点にして、リファレンスの軸に立ち直したとき、あの人の何かが、自分の素材に変わる瞬間がある。それが、比べることが自分を知る道になる、最初の一歩かもしれない。
比べることの本質は、比較対象の中に自分の写し鏡を見ることだ。勝ち負けの軸で見るとき、鏡は自分を傷つける凶器になる。リファレンスの軸で見るとき、鏡は自分の輪郭を教えてくれる道具になる。同じ鏡が、持ち方一つで、全く別のものになる。
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フォローありがとうございます😊自分の軸で他者のいいところと自分を比べ近づけないことに落胆したりしちゃいます!一緒に色々と考えさせてください!これからよろしくお願いします🙇♀️